1996年、春。
隆志はとある高校を卒業した。
受験に落ちた隆志と、大学に合格した友人である健太郎は、とあるたくらみを企てていた。
「なあ、健太郎よ。俺らはついに高校3年間で童貞捨てられなかったよな・・」
「ああ、そうだな・・」
3月とはいえ、まだまだ冷たい風が吹く中、2人の憂鬱な心はさらに冷えていった。
片手に持った缶コーヒーも冷えていく軽い沈黙の中、健太郎が言った。
「なあ。俺らこのまま卒業してもても、童貞を捨てられないんじゃないか?」
「・・・かもしれん。俺は浪人だが、その間に捨てられる気もしねぇし・・」
そう心の中でつぶやいた二人。
高校3年間で彼女も作れず、女友達も皆無だった2人は、ほぼ同時に相手に向かってつぶやいた。
「風俗・・、行こうか・・」
次の日。
地元の風俗街の最寄り駅に朝11時に集合した二人。
財布にはなけなしの一万円札が数枚入っていた。
「風俗街に入るのって、なんか恥ずかしいな・・」
健太郎が言う。
「バカヤロ、俺らが童貞捨てるにはこれしかねーんだ。行くしかねぇ!」
二人はそそくさと早足で風俗街に入っていく。
午前11時という時間のせいだろうか、はたまた平日のせいだろうか。
ほとんど客は歩いておらず、道路にいるのはほとんどが呼び込みの中年従業員だけであった。
「お兄ちゃん、ソープ?寄って行ってよ。写真だけでも見ていってくれないか?ねぇねぇ・・・」
呼び込みの声が2人に集中する。
なにせ2人は高校でたてのガキ。
びびるってもんじゃなかった。
「なあ、健太郎・・。俺らぼったくられるんじゃねーか?こえーよ・・」
「お、俺だってこええ・・。なんでこいつらはこんなに呼び込んで来るんだ、クソッ!」
ビビる2人。
もともと田舎の風俗街。
30分も歩いていると、また同じ場所に戻ってくる。
「あれっ?お兄ちゃんたちまた戻ってきたの。安くしとくから入っていってくれよ」
しつこく呼び込んでくる、さっきのおっさん。
ついに隆志が口を開いた。
「・・・いくらなんですか?」
「えーと、40分で12000円だけど、お兄ちゃんたちは戻ってきてくれたから10000円でいいよ」
1万円。
想定していた金額より随分安い。
あやしい・・!
風俗は最低でも30000円はいると聞いていた。
しかし、なぜに10000円?
当然の疑問を健太郎が呼び込み従業員にぶつけた。
「えらく安いんですね」
「まあね。うちはヘルスですから。やすいでしょ?よっていきなよ」
気の弱い2人は、数分喋っただけでなぜかオッサンに情がわき、10000円を手渡した。
(ほんとはソープに行きたかったんだけどな・・)
オッサン「はい、2名様ご案内でーす!」
2人はおっさんに言われるがままにヘルスに入っていく。
「なあ、健太郎。ヘルスって確か本番の無い風俗なんだよな」
「ああ。でもまあ、いいじゃないか。本番以外は何でも出来るってハナシだぜ。つまり2万円が挿入料金と仮定して・・・(略)・・・得である可能性が高いぜ」
さすがは一流大学工学部に進学決定の健太郎だ。
理論的にヘルスを説明してくれた。
予備校に進学決定の俺とはできが違う。
そうこうしているうちに、別の店員に番号札を渡される。
隆志の心臓は最高潮のビートを刻んだ。
(もうすぐ・・もうすぐ生身の女とあんなことやこんな事ができるぅっ!!)
めちゃくちゃドキドキしているのを健太郎に隠すように、平然と覚えたてのタバコをふかす俺。
そして、運命の宣告の声が店内を駆け抜けた。
「番号札17番のお客様、入り口の方へどうぞ~」
ついにこの時が、来た。
「健太郎、お先に失礼するぜっ」
はやる心を抑えながら従業員に番号札を渡す、隆志。
もう、あとへは引けない。
入り口のカーテンを抜けると、そこは夢国だった。
目の前に下着の女が立っている。
(暗くて顔はよく見えないが・・下着の女がいるぅぅぅ!)
感動している隆志に向かって、女は言った。
「みゆきで~す。よろしくおねがいしま~す」
みゆきは同時に隆志の手を取り、個室に誘導。
隆志の頭はこの時点で既に、ラリっていた。
(女の子に手を握ってもらったの、初めてだぁ・・。柔らかーい!)
なにやら怪しげで薄暗い、しかしコギレイな個室に入っていた。
ドアを閉めたその時。
「お客さん・・・チュッ」
(・・・チュッ?チュッってなんだ?キス?キスされた??)
風俗嬢はセックスしてもキスしないという、古典的な言い伝えを本当だと思い込んでいた隆志。
彼にとってキスをできるとは想定外の出来事だったのだ。
(ファーストキス、しちゃったぁ・・・。ぽわわわーん・・・)
脳みそがゆだってしまった隆志を尻目に、みゆきが言う。
「じゃ、シャワーわびるので服脱いでね!」
(服、脱ぐのか・・。そりゃそうだよな。そりゃ脱ぐよ。でも俺ってばここ10年ほど人前でスッポンポンになったこと無いんだぜ・・。人前で裸になったのはたぶん・・小2のときくらいかなぁ・・恥ずかしいよぅ・・)
混乱している隆志のよこで、みゆきはさっさとブラジャーとパンティーを脱いでいく。
(わぁぁ・・。生のおっぱい初めて見た・・。大きいなあ。巨乳だなぁ・・。しかもあそこの毛も見えるぞ・・。これだけで1万円の元はとれたんじゃないか・・ウヒヒ!)
なんとか服を脱いだ隆志。
みゆきさんに連れられ、いざシャワー室へ!
「お客さん若いね。いくつ?仕事はお休みなの?」
みゆきがシャワー温度を調整しながら聞いてくる。
「い、いや。ボクが、が、学生なんス。でも受験に落ちちゃって、浪人で本当は学生じゃないッスけど・・。あ、ちなみに齢は18です・・」
萎縮してしまいおろおろしながら答える隆志。
しかしそれも当然のこと。
女の手を握ったことも無い若者が。
いきなり裸の女と話しているのだから。
「この店ってあんまり若い人こないからね」
「そ、そうッスか。みゆきさんはおいくつなんですか?」
「私は19よ。一個上だね」
たわいのない話が続く中、隆志の男性器はみゆきの手によって洗われていく。
欲情しきってしまった隆志が言った。
「みゆきさん、触ってもよ、よろしいでしょうか・・?」
「うん。いいよ」
なんという愚かな質問なのだろう。
なんというバカな男なのだろう、隆志は。
言いに決まってるではないか。
(わぁー、おっぱい柔らかいなぁ~)
ラリってる隆志に、みゆきが言う。
「お客さん、もしかして初めて?」
「はい、初めてですっ!」
みゆきのあの複雑そうな顔は、今でも忘れられない。
「ベッドの方へどうぞ」
ベッドにつれていかれる隆志。
そして(自主規制。あんなことやこんなことをしてもらう)
射精が完了した隆志。
みゆきさんにシャワーで洗ってもらい、時間がきたので終了となった。
「ありがとうございます。これ、名刺。また来てネ!」
再びカーテンをくぐり、待合室で健太郎を待つ。
余裕のタバコをふかしていると、健太郎が出てきた。
しかし何か様子がおかしい。
とりあえず店を2人で出、3月の空の下、近くの公園で語り合う青春真っ只中の隆志と健太郎。
突然健太郎が言った。
「俺、二度と風俗いかねぇ!!だってオバサンが出てきたんだもん!!!!」
「オバサン?俺のほうは19歳の若い女が出てきたぞ」
「な、何ぃっ?おれのなんか顔も体も30代、ヘタしたら後半だぞ。隆志、てめーだけいい思いしやがって!!こんにゃろう・・(泣」
「ハハハ、ご愁傷様だな」
遠くの大学にいってしまう健太郎と、地元の予備校に行くことになった隆志。
あと1ヶ月も一緒にいられない。
こんな寂しさをかみしめながら、風俗のプレイについて俺はこうだった、いや、俺はアナルまで舐めてもらった、などと他愛のない会話を繰り返していた。
興奮気味の健太郎が、素に戻った顔でつぶやいた。
「でも、俺らって、まだ童貞なんだよな・・。挿入しなけりゃ童貞だし・・」
「ああ。俺らは童貞だ。2万円をケチってヘルスだったからな」
「でも健太郎。お前は来年から大学生だ。コンパとかサークル活動とかでまっとうに童貞すてなヨ。向こうの町には風俗街ないんだろ。田舎だもんな。俺は浪人しながらソープでも行くさ」
「何言ってんだよ、隆志。盆か正月に俺は帰ってくるから一緒にソープ行こうぜ」
2時も過ぎ、春の陽気が差してきた頃の、高校3年間連れ添った親友同士の熱い誓いであった。
しかしあれ以来、健太郎は隆志に「飲みに行こう」とは言っても「風俗行こう」とは言ってこない。
健太郎は大学で彼女とヨロシク童貞を捨てたんだろう。
よかったな、健太郎!
え、俺の童貞はどうなったんだって?答えはあの3月の風の中さ。